日本のコレステロール問題
なぜ低く設定されているのか? 
浜崎智仁1,奥山治美2,大櫛陽一3,浜六郎4
1 富山城南温泉第二病院 (富山大学名誉教授)
2 金城学院大学消費生活科学研究所 (名古屋市立大学名誉教授)
3 大櫛医学情報研究所 (東海大学名誉教授)
4 医薬ビジランスセンター (薬のチェック)
著作権および謝辞
この日本語論文はAnn Nutr Metab* 2013;62:32–36 (Published online: December 4, 2012, DOI: 10.1159/000342765) に発表された同一著者によるオリジナルのEditorial “Cholesterol Issues in Japan - Why Are the Goals of Cholesterol Levels Set So Low?”
http://content.karger.com/ProdukteDB/produkte.aspDOI=10.1159/000342765(無料) を
S. Karger AGの許可を得て、日本語版として掲載するものである。なお、オリジナルになく日本語版に新しく加えた部分はイタリック で示した。 掲載にあたり、 S. Karger AGおよびKarger Japan, Inc. に深く感謝します。
The article printed herein has been translated from the original by Hamazaki T,Okuyama H, Ogushi Y, Hama R. S.Karger AG Basel cannot be held responsible for any errors or inaccuracies that may have occurred during translation. THIS ARTICLE IS COPYRIGHT -PROTECTED. PLEASE NOTE THAT ANY FURTHER DISTRIBUTION REQUIRES A WRITTEN CONSENT FROM S. KARGER AG, BASEL.
*: 国際栄養科学連合(International Union of Nutritional Science, IUNS)および欧州栄養学会連合(Federation of European Nutrition Societies, FENS)の公式雑誌(official journal)。
連絡先:939-8271 富山市太郎丸西町 1-13-6 富山城南温泉第二病院 浜崎智仁
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 このサマリーの目的は日本における総コレステロール(TC)値あるいはLDL- コレステロール(LDL-C)値と総死亡率との関係を明らかにし、さらに、最近改訂された動脈硬化性疾患予防ガイドライン(2012年度版、以後 JASG2012 と略す)[1]を批判することにある。 「コレステロールは低ければ低いほどいい」という仮説は完全に間違っている。
 日本で1万人以上を10年以上追跡した疫学調査に関して、TCあるいはLDL-Cが一番高い群では、総死亡率がほとんどどの群よりも低い。唯一の例外はNIPPON DATA80であり、 JASG2012 はこの研究にほぼ完全に依拠している (実際は参加人数が1万人弱)。 この研究はTCが一番高い群で総死亡率が一番高いと主張している[5]。 ところが、このNIPPON DATA80 はいくつかの重要な問題点を抱えている。
 第一に、データは男女とアルブミン値で補正されている。男女補正がなければ、両性ともコレステロール最高値群(260 mg/dL以上)は対照群(160-179 mg/dL)と比べ有意差はない。血清アルブミン値とTC値との間には特に老齢者で正の相関がある[6]。 そこで、総死亡率と負の相関があるアルブミンで補正すると、TCのよい点が過小評価されることになる。
 二番目として、NIPPONDATA80の著者らは、分析方法の一つとして、肝疾患による死亡者を総死亡から除いている。その理由として、コレステロールの低下は肝臓病のためであり、コレステロールが低いことが死亡の原因ではないと主張している[5]。肝臓病死を除いては、それはもはや総死亡率ではない。さらに、C型肝炎ウィルス (HCV)はLDL受容体を通して肝細胞に侵入するため[7]、コレステロール低値は、HCV感染と慢性肝炎の重大な危険因子となる。 そのため、コレステロール(LDL-C)低値は肝臓病死の原因となり得る[8]
 三番目として、NIPPON DATA80の対象者には一般的日本人住民と比較すると、家族性高コレステロール血症(FH)患者の割合が明らかに多く [9]、そのことがTCの危険性を誇張している。いかなる調査でも、日本人女性については、TCあるいはLDL-Cが冠動脈疾患死(CHD)の危険因子として認識されたことはないが、あの弱点のあるNIPPON DATA80だけは例外的に危険因子としている[5]。 というわけで、 日本で一次予防のためにスタチンを使用する女性が全体の2/3近くを占める(大櫛、未公開データ)のは理解しがたい。
 JASG2012 には多くの欠陥がある。読者が知らなければならない重要な情報を記載していない。 一番奇妙なのは、JASG2012 の制作委員会のメンバーは利益相反情報を全く開示していないことである。この情報なしで、医療ガイドラインの信頼性をどうやって評価しろというのであろうか。実際ほとんどの委員会メンバーは高額な研究資金を関連企業から得ていることが知られている。
 以下にJASGL2012 の受け入れがたい点を列挙する :



 JASGL2012の受け入れがたい点
< 1> TCあるいはLDL-Cと総死亡率の関係が JASGL2012には記載されていない。 この情報なしでは、 全てのコレステロール低下療法は絵空事となる。 死亡率が一番低い集団は、 一番治療をしなくていい集団だからだ。
<2> JASGL2012で最も重要と思われるチャート(第4章の図7)が図1a と1bに示されている。このチャートは性別、喫煙状態、年齢、収縮期血圧およびTCに従い、CHD死の絶対危険率を色分けしている。たとえばチャートの男性の部分には180個の枠があり、5色に色分けされていて、それぞれがCHD死の危険率を示している。5色に別れているため、境界線は4本ある。このチャートの原論文 (NIPPON DATA80に関する論文の一つ[10]) と我々の推測によると、 男性部分に利用されたCHD死の人数はほぼ45人となる。 危険レベルを示す180の枠があるのだ。45人の死亡者しいないのに、 どうやって、180の枠の間に4本の境界線を入れることができるだろうか。これは単に専門家の意見(あるいは彼らの言うところの合意) で、 統計学上の有意差とは無縁である。
<3> 表1(JASGL2012の第4章、表13)を見ると、危険因子のない女性ですらLDL-Cの治療目標(LDL-C<160 mg/dL)があるのが分かる。女性のコレステロール値は低くしてはならない。 JASGL2012 の図7(図1aの右半分を参照のこと)ですら、 女性にとってコレステロールが危険でないことが分かる。
<4> 図1の原論文では、TC値と脳卒中による死亡率が記載されている[10]。有意差はないかもしれないが、TCが脳卒中の負の危険因子であることは容易に分かる。 JASG2012 はこの情報を記載していない。 なぜこの情報を除かなければならないのか? (TCあるいはLDL-Cが脳卒の負の危険因子であることを示す疫学調査はあまた存在するが、 逆は基本的にはない。)
<5> 図1と表1の両方は年を取ることでTCあるいはLDL-Cの危険性が増すと主張しているようであるが、 そのような仮説はかつて疫学調査で証明されたことはない。実際はまさにその逆である。40代、50代前の人たちには、FH あるいは似たような他の遺伝的な高コレステロール血症の人たちがまだ多く生存している。 そこで、TC (あるいはLDL-C) と総死亡率との間の負の相関は年齢とともに顕著となる。FHが占める割合が、年齢とともに小さくなるからである[11]。 年齢はLDL-Cの治療目標値を下げる因子ではない。
<6> 表1にNon-HDLコレステロールが新しい危険因子として導入されている。1997年に動脈硬化学会は最初の高脂血症の治療ガイ ドラインを発表した。そのガイドラインでは、TCが危険因子として記載されている。その後何回かの改訂後、2007年に治療のターゲットをTCからLDL-Cへ変更した。その時点で、動脈硬化学会はLDL-CとCHD死の関連を示すデータを何ら持っていなかったのである。今回動脈硬化学会はnon-HDL-コレステロールをもう一つのマーカーとして持ち出した。 このことは、彼らの持っているコレステロールに関する証拠がいかに貧弱かを際立たせることになった。
<7> JASG2012では飽和脂肪酸の摂取量を総カロリーの7%以下にするよう勧めている。 日本での疫学調査でこのような推奨を裏付けるものは一つもない。その逆に、 JACCスタディーでは飽和脂肪酸の摂取量が一番多い5分位が、脳卒中による死亡率が一番低く (p for trend=0.004)、 心血管疾患による死亡率も似たような傾向にある(p fortrend=0.05)[12]。 JASG2012では一日のコレステロール摂取量を200 mg以下とするように勧めている (表2)。 これを正当化する証拠は日本には存在しない。


<8> コレステロール低下療法が有用だとする証拠は日本には乏しい。 日本では大規模な無作為化対照試験は完成していない。 日本で最強とおぼしきスタチン治療の有効性を示す証拠となるMEGAスタディー[13]は、 高コレステロール血症患者に二種の介入を行って比較している : 一方は食事療法+プラバスタチン、 対照は食事療法のみ。 この研究は当初は無作為化がされていたはずであるが、プラバスタチン群で、より多くの被験者が脱落したため、また、試験期間を5年から6年へ延長した際(これは許しがたいプロトコル違反である)、無作為化が崩れてしまっている。 残念なことに、両群の被験者はバターの代わりにマーガリン(過剰のトランス脂肪酸あるいはリノール酸が含まれている) を取ることを求められた。しかも、脂っこい魚(EPAやDHAが多く含まれているを食べないように指導された。被験者と医師にはTC値が知られており、プラバスタチン群の被験者ではTC値がより強力に低下しているため、この間違った食事療法を続ける動機付けが難しくなった。 この点が、 プラバスタチン群でCHD 発症率が低下した大きな理由の一つだろう (絶対有効率は1%未満、p=0.01)。全く奇妙なことに、5年から6年へ試験期間の延期手続きが始まったあと、プラバスタチン群でのCHD発症率が1年以上にわたり0となった(このように不思議なことは、p値をどんなに高く見積もってもp=0.01の確率でしか起きない)。一方対照群ではその前と同じような割合でCHDが増え続けている。
<9> シンバスタチンを用いた最初の大規模介入試験は、TC値が220-299 mg/dLの患者で行われた(J-LIT)[14]。結果は JASG2012を支持する証拠として引用されている。 ところがコレステロールが220 mg/dLからさらに低下するに従い、CHD死、がん死、総死亡が増加している。別の論文として発表された J-LITの地域対照追跡調査によると[15]、総死亡率は対照群よりスタチン治療群の方が多くなっている。
<10> スタチンの有害作用として以下のものが報告されている:筋障害、発がん性[16]、 中枢神経および末梢神経の障害[17, 17’]、糖尿病の発症[18]、 その他[19]。 しかし、 コレステロール低下作用薬の有害作用に関して、 記述が極めて貧弱である。 実際、 JASG2012 にはスタチンが糖尿病を発症させる点について記載がない。脂質に関する限り、 JASG2012が依って立つエビデンスは非常に弱い、 というか、 これは基本的には知識の限られた専門家の単なる意見にすぎない。 CHD の死亡率が米国の1/3しかない日本では、コレステロールの目標値を厳しく定めるのは完全に無意味である。 JASG2012 に対する我々の批判は大部分、 他の国のガイドラインにも当てはまる。
文 献
1  日本動脈硬化学会. 動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2012 年版. 株式会社杏林舎, 2012. 
2  Noda H, Iso H, Irie F, Sairenchi T, Ohtaka E, Ohta H. Gender difference of association between LDL cholesterol concentrations and mortality from coronary heart disease amongst Japanese: the Ibaraki Prefectural Health Study. J Intern Med 2010; 267: 576-87.
3  大櫛陽一, 栗田由美子. 健診結果と原因別死亡率に関する住民コホー ト研究 .Mumps 2008; 24: 9–19.
4  Nago N, Ishikawa S, Goto T, Kayaba K. Low cholesterol is associated with mortality from stroke, heart disease, and cancer: The Jichi Medical School Cohort Study. J Epidemiol 2011; 21: 67–74.
5  Okamura T, Tanaka H, Miyamatsu N, Hayakawa T, Kadowaki T, Kita Y, Nakamura Y, Okayama A, Ueshima H; NIPPON DATA80 Research Group. The relationship between serum total cholesterol and all-cause or cause-specific mortality in a 17.3-year study of a Japanese cohort. Atherosclerosis. 2007; 190: 216–23.
6  Ogushi Y. High cholesterol level is a good predictor of longevity in Japan. Proceedings of International Health Evaluation & Promotion Association (IHEPA International Conference) 2011; 3: 1–8.
7  Agnello V, Abel G, Elfahal M, Knight GB, Zhang QX. Hepatitis C virus and other flaviviridae viruses enter cells via low density lipoprotein receptor. Proc Natl Acad Sci USA 1999; 96: 12766–71.
8  浜 六郎. エンドポイントとしての全生存の重要性からスタチンの毒性まで.第21回日本脂質栄養学会.パネルディスカッション.2012年9月8日,麻布大学.
9  浜崎智仁, 奥山治美, 大櫛陽一. コレステロール論争 上島氏の論文に対する反論.脂質栄養学 2012; 21: 77-87.
10  NIPPON DATA80 Research Group. Risk assessment chart for death from cardiovascular disease based on a 19-year follow-up study of a Japanese representative population. Circ J 2006; 70: 1249–55.
11  Okuyama H, Ichikawa Y, Sun Y, Hamazaki T, Lands WEM. Chapter 2 Association of high total cholesterol with coronary heart disease mortality differs among subject populations–familial hypercholesterolemia as a key concept. World Rev Nutr Diet 2007; 96: 19–36.
12  Yamagishi K, Iso H, Yatsuya H, Tanabe N, Date C, Kikuchi S, Yamamoto A, Inaba Y, Tamakoshi A ; JACC Study Group.Dietary intake of saturated fatty acids and mortality from cardiovascular disease in Japanese: the Japan Collaborative Cohort Study for Evaluation of Cancer Risk(JACC) Study. Am J Clin Nutr 2010; 92: 759–765.
13  Nakamura H, Arakawa K, Itakura H, Kitabatake A, Goto Y, Toyota T, Nakaya N, Nishimoto S, Muranaka M, Yamamoto A, Mizuno K, Ohashi Y; MEGA Study Group. Primary prevention of cardiovascular disease with pravastatin in Japan(MEGA Study):a prospective randomised controlled trial. Lancet 2006; 368: 1155–63.
14  Matsuzaki M, Kita T, Mabuchi H, Matsuzawa Y, Nakaya N, Oikawa S, Saito Y, Sasaki J, Shimamoto K, Itakura H; J-LIT Study Group. Japan Lipid Intervention Trial. Large-scale cohort study of the relationship between serum cholesterol concentration and coronary events with low-dose simvastatin therapy in Japanese patients with hypercholesterolemia. Circ J 2002; 66: 1087–95.
15  吉池信男, 田中平三, 日本脂質介入試験地域対照追跡調査研究グループ. 日本における大規模疫学試験からわかったこと 日本脂質介入試験の地域対照追跡調査. The Lipid 2001; 12: 281-9.
16  Ravnskov U. Correspondence. JNCI 2008; 100: 972–3.
17  Statins: Updated product information in patient leaflets on adverse reactions. Drug Safety Update 2009; 3: 11. http://www.mhra.gov.uk/home/groups/pl-p/documents/publication/con062549 .pdf.
17’  Tierney EF, Thurman DJ, Beckles GL, Cadwell BL. The association of statin use with peripheral neuropathy in the US population 40 years of age or older. J Diabetes. 2012 Nov1.doi:10. 1111/1753-0407. 12013. [Epub a head of print]
18  Culver AL, Ockene IS, Balasubramanian R, Olendzki BC, Sepavich DM, Wactawski-Wende J, Manson JE, Qiao Y,Liu S, Merriam PA, Rahilly-Tierny C, Thomas F, Berger JS, Ockene JK, Curb JD, Ma Y. Statin use and risk of diabetes mellitus in postmenopausal women in the Women’s Health Initiative. Arch Intern Med 2012; 172: 144–52.
19  Goldstein MR, Mascitelli L, Pezzetta F. The double-edged sword of statin immunomodulation. Int J Cardiol 2009; 135: 128–30.