平成26年4月月24日の
日本人間ドッグ学会からの健診基準値に対する
日本動脈硬化学会の見解
その要旨とそれに対するコメント
平成26年5月2日
 奥山治美
 長寿のためのコレステロールガイドライン2010年版、編集責任者

まず初めに、日本動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年(動硬GL2012と略)、日本人間ドック学会健康基準値2014年(健康基準2014と略)、米国心臓病学会/米国心臓協会/米国心肺血液研究所のガイドライン(ACC/AHA GL2013と略)および日本脂質栄養学会 長寿のためのコレステロールガイドライン(長寿GL2010)が示している、LDL-コレステロール(LDL-C)値についての要点を抜粋した(下図)。これを参照しながら、「日本動脈硬化学会の日本人間ドック学会の検診基準値に対する見解」(動硬見解)についての筆者のコメントを示す。動硬見解は筆者が要約したものであるが、正確には日本動脈硬化学会のホームページを参照していただきたい。

[動硬見解 1]
血清 LDL コレステロール値が冠動脈疾患の発症及びそれによる死亡と明確な関連があることは、日本のみならず、世界的に多くのコホート研究で証明されている。

[筆者コメント 1] この見解は、広義の虚偽(うそ)である。
LDL-C値と冠動脈疾患イベントの間に正の相関を報告する研究もあるが、正の相関を示さないもの、および負の相関を示すものも世界的に多い(長寿GL2010などで指摘)。この動硬見解および動硬GL2012は、正相関を示さない多くの研究結果を無視して作られており、科学的ではない。最新の米国ACC/AHA GL2013も、「LDL-C値は、低ければ低いほど良い」という説を、臨床的エビデンスがないと断定した。
[動硬見解 2]
LDL コレステロールの低下により、冠動脈疾患を含めた心血管イベントの発症が抑制されることも多くの無作為化比較対照試験で示されている。

[筆者コメント 2] この見解は、広義の虚偽(うそ)である。
 たしかに1990年代には、「スタチン類はLDL-C値を下げ、かつ冠動脈疾患予防に有効であった」とする多くの論文が発表された。しかし企業中心でなされた臨床試験とその研究論文には多くの問題があり、信頼できないことが公に論じられるようになった。これを背景に、2004年にEUで臨床試験に関する罰則付きの新規制が発効した。それ以降、企業と利益相反のない研究グループにより行われたスタチンの臨床試験はほとんどすべて、「スタチンはLDL-C値を下げたが、冠動脈疾患予防には有意な有効性を示さなかった」と報告している(長寿GL2010)。
 日本動脈硬化学会のメンバーが中心となって行なわれたわが国最初のスタチンについての大規模臨床試験(日本脂質介入試験、J-LIT)では、総コレステロール値が220−299 mg/dLの人が対象であった。しかし、スタチン投与によりコレステロール値が220mg/dLから下がるにつれて、心疾患、脳血管疾患、癌の死亡率および総死亡率が上がっている。
 すなわち、EU新規制2004年以前には動硬見解2が正しいと考えられていたが、それ以降の臨床研究は、この見解を完全に否定している。
 より最近の大規模な追跡調査や症例−対照研究では、スタチン使用により心血管死亡率・発症率が上がることが示されている。そして、その生化学的メカニズムも解明されてきた。スタチンによるLDL-C値の低下は冠動脈心疾患を抑えることはなく、むしろ心不全を発症させるのである。
Nielsen SF et al., N Engl J Med 2012;367:1792-802
Thambidorai SK et al., Int J Cardiol 2011; 147:438-43
[動硬見解 3]
内外の診療ガイドラインでは、単なる1つの集団における検査値の分布ではなく、生活習慣の改善や薬物治療により心血管イベントを未然に防ぐことを目的として高 LDL コレステロール血症等の基準が定められている。

[筆者コメント 3] この見解は、広義の虚偽(うそ)である。
長い間、この動硬見解に沿ったガイドラインが医療の現場で使われてきた。しかしそれに合わない多くの研究結果が発表され、長寿GL
2010では、高LDL-C値は動脈硬化の原因になっていないと考えられる多くの研究結果を提示した。昨年11月に発表された米国ACC/AHA GL2013は、日本動脈硬化学会のガイドラインの中心となっているこの見解を、「臨床的エビデンスがないので放棄する」とした。すなわちLDL-C値の上限を決め、それ以下に維持する医療(上掲図参照)を、「臨床的エビデンスなし」と断じたのである。
ACC/AHA GL2013における「LDL-C>190 mg/dL」は、実質的に家族性高コレステロール血症(FH)を見つけるための値であり、動硬GL
2010の定めた上限を超える広い範囲のLDL-C値に対して、特別なリスクを持たない限りLDL-C値を問題としないことを示している。この点、日本人間ドック学会の健康基準2014はACC/AHA GL2013とほぼ合致しており、長寿GL2010とも矛盾しない。
[動硬見解 4]
動硬GL2012は絶対リスクの概念を導入している。すなわち、同じ LDL コレステロール値であったとしても,その人の年齢や性別、危険因子の状態によって 10 年間で発症する冠動脈疾患のリスクは異なるという考え方である。NIPPON DATA 80 に基づいた絶対リスクの評価を行っている。

[筆者コメント 4] 
絶対リスク評価(10年-冠動脈疾患死亡確率)はNIPPONDATA 80に基づき作られたものであるが、冠動脈疾患の死亡例数があまりにも少なく、非科学的なものである(脂質栄養学 2014; 23:71-78)。またそのチャートは、@加齢とともにコレステロール値の冠動脈疾患に対するリスク(ハザード比)が小さくなり、1以下になることもある、A亜集団中の家族性高コレステロール血症の割合が考慮されていないなど、医療の現場に適用するには不適切である。
 類似のものとして10年-ASCVD(動脈硬化性心血管疾患)発症確率が米国ACC/AHA GL2013に発表されているが、LDL-Cの項目は使われていない。そして、これまで発表されてきた臨床データと合わない多くの問題点が指摘されている。なによりも、これらが適用できるとする臨床データは皆無である。
[動硬見解 5]
トリグリセライド(TG)の増加も LDL コレステロールと同様に心血管イベントと関係しているが、糖尿病やメタボリックシンドロームの病態とも強く関連しており、これらの疾患予防のため基準値が設定されている。

[筆者コメント 5] 
高TG値が冠動脈疾患のリスクとなっていることを示す信頼できるデータはないことを、長寿GL2010で説明した。米国ACC/AHA GL2013も同じ結論であり、「高TG値をリスク因子とするエビデンスは認められなかった」、としている。
なお、TG値が若齢より異常に高い場合は、リポタンパク リパーゼ欠損症などの場合が考えられ、若齢時のTG測定は、先天性代謝異常症を見つける上では有用である。
[動硬見解 6]
人間ドック学会は、超健康人を解析して求めた基準範囲を示した。しかしながら、健診受診者の前向きフォローアップによるアウトカムのデータを伴っていないため、エビデンスレベルも低く、これらの値を臨床的アウトカムと関連する基準値として設定すること自体に本質的な問題がある。人間ドック学会の「基準範囲」は日本国民の健康に悪影響を及ぼしかねない危険なものであり、一般社会や医療界に誤解を与えないように、健診の本来の目的に沿って人間ドック学会には直ちに適切な対応をお願いしたい。

[筆者コメント 6] 
動硬GL2007は、長い間、この分野を先導してきた米国心肺血液研究所のコレステロールガイドライン(ATPV 2004)に沿ったものであった。すなわち、@コレステロール値は低ければ低いほど良いという説に沿い、Aコレステロールの上限値を決め、それ以下に保つコレステロール低下医療を行ってきた。この@、Aを否定する長寿GL2010が公表され、また公開質問書が寄せられたにもかかわらず、これらを完全に無視し、従来の@、Aに沿った動硬GL2012を公表した。国も動硬GL2012に沿った施策を行い、ほとんどの医療の現場では、これに沿った医療がなされている。
 米国発の最新のガイドライン(ACC/AHA2013)は、この@およびAを「臨床的エビデンスなし」として放棄したのである。日本人間ドック学会の健康基準2014は、ACC/AHA2013に沿ったものである(上図参照)。
 動硬見解6は、健康基準2014に対する追跡調査の結果が示されていないことを指摘しているが、LDL-C値と冠動脈疾患に関する追跡調査の結果は内外で多数報告されており、それらを総合して健康基準2014の範囲では、コレステロール低下医療の対象とならないことを示している、と理解できる。ACC/AHA2013も同様であり、動硬GL
2012の上限(LDL-C<160)を超える広い範囲で、LDL-C値の上限値を設定していない(家族性高コレステロール血症など遺伝因子を持つ人の発見のため、下限値として190mg/dLを設定している)。
 日本動脈硬化学会はそのガイドラインに合致しないとして無視してきた多くの、企業と利益相反のないグループによる臨床試験報告を精査し、新しいガイドラインや基準範囲(長寿GL2010、ACC/AHA
2013、健康基準2014など)が出された背景の理解に努めるべきである。
 スタチン作用の生化学的研究が進み、スタチンが糖尿病、心不全、多種の癌、中枢の乱れ、奇形などを発症させるメカニズムが明らかにされてきた。日本動脈硬化学会はその主導してきたコレステロール低下医療が、これまで語られてきた以上に深刻な有害事象を引き起こしている可能性を知り、良質で適切なコレステロール関連医療の向上に努めることが求められている(2014.05.02)。