この医療過誤訴訟、
民事処分?、それとも刑事処分?
一般の皆様には、理解しやすく、
邪悪な力が医療界の貴重な情報伝達を妨害している」を
先にお読み頂くことをお奨めします。
   民事処分では、医療機関に対して、患者に発生した損害の賠償を求める一方、
   刑事処分では国として医療側の社会的責任を追及すべきか否かが判断される。
2014年9月、日本の内科の99.9%の医師が間違った医療を施し、将来
に亘って医療過誤による訴訟が増えることが危惧される。この医療とは対象者も多く致命的な病気に関わるもので、それを探究する学会Aもすでに発足して以来年月を重ねている。
この病気とは人類発祥以来存在したと想像できるし、科学的根拠は
希薄なものの、歴史上では3人の将軍がこの病気で死んでいる。10代・家治、13代・家定、それに14代・家茂の3人だ(石川英輔著「将軍家十五代のカルテ」新潮新書)。
そして20世紀初頭にこの病気の病変部にある物質が溜まっていることが
報告されたが、医者はその情報を伝えられることもなく、その病気に伴う症状に対してのみそれぞれに診療を試みてきた。
さらに時代が進み科学分析技術が進歩して病変部に溜まった物質を簡
単に測れるようになると生活習慣の改善として根拠があった訳ではないのに、病変部に溜まった物質の血中濃度を減らすようにも医者たちは指導してきた。こうなると、この物質を身体から減らすことが健康につながるという考えが常識?として社会的にも受け入れられ、サプリメント開発業者や製薬企業はこの物質を身体より減らす物質の開発に時間と金を費やした。
1973年遂に身体に溜まったこの物質を身体より減らす薬剤の製造は成
功した。この物質が病変部より証明された20世紀初頭より70余年が経過していると、身体よりこの物質を減らすことが健康につながるという常識?は、押しも押されぬ社会常識?として存在し、この常識?を否定することは思いもよらぬこととなってしまっている。当然、町医者はこぞって新しく開発された薬剤を患者に投与してきた、この時点でこの薬剤の副作用等は充分に研究されていなかったのに……。開発企業は(医学部や開業の)臨床医と共同で副作用等の研究を展開し結果を出した。「新開発された薬剤は冒頭に上げたこの病気の予防に効果があり、副作用はなにも認められなかった」という報告に医療界は安堵の胸を撫で下ろした。そして2014年現在でも、この安堵の気持ちを新たにして、何の疑いもなく、この薬剤を処方し続けている医者が存在する。進歩を重ねる科学技術により、この医療に関する今までの常識?が否定されつつあることを(この常識?の存在が余りにも強烈なインパクトとなっているので)知ろうともしない医者は、ここで間違った医療を施していることになり、医療過誤につながることになるのである。99.9%の内科系医師はA学会を含む10学会で作られたガイドラインを座右の書として診療をしているから黙って見すごすことはできない。
科学は日進月歩、常に進歩してる。今までの常識が一夜明ければ非常
識になることだってある。徐々に常識の壁が塗り替えられて気がつくと真逆の常識に生まれ変わっていて驚かされることもあろう。就中医学の分野では、人命に関わることや健康被害が払拭されることだってあり得るのだから、医療従事者は常にアンテナを張り巡らせていることは職種上での義務である。特に指導的立場にあることを自負している人材にとっては責任を伴う義務であり、ときには刑事上の罪状も問われかねない。
新しく開発された薬剤の研究には、製薬会社と臨床医の共同作業によ
って行われることに何の不自然さも感じなかった世紀末、製薬会社は薬剤を肯定してもらうために我田引水にならざるを得ない、一方臨床医も製薬企業からの見返りを意識するようになると、公平に見てそれを感じさせるような研究報告も少なからず多いことに世間は気付かされるようになった。
世紀明けて2004年、新薬開発より四半世紀も経つと、臨床医を巻き込
んだ製薬企業の自画自賛は精彩を欠き、絵の具が剥げてくると、隠蔽、改竄、捏造、虚偽が見え隠れするようになった。この現象に対応するかのように、EUでは「EU臨床試験指令」が2001年5月に公布され、EU加盟諸国はこの指令に従って2004年5月1日までに各国の規制の施行に踏み切っていた。それによると2004年以前に発表された報告は信用できないとなっており、それ以後の発表には利益相反の開示が求められている。
2007年に従来から存続しているA学会から刊行されたこの病気の予防ガ
イドラインには、利益相反の公開もなく、引用している文献も2004年以前に発表されたものばかりである。これではガイドラインとしての存在は危ぶまれるが、歴史ある常識?のインパクトの強さにより一般人は何の懸念も感じていない。ところがこの病気を基礎的に研究し続けているB学会から異論が出され、2010年ガイドラインを皮切りにA学会への公開の意見具申がなされ、そして究極のガイドラインが2014年に刊行された。この間7年もの歳月が費やされたことになる。
長寿か?短命か?、健康か?病弱か?、人の生命に関する正反対の
結論を出すのに7年の歳月は長すぎると誰もが思う。それは二つの学会の意見のやり取りに問題がある。科学者の討論としてはまったく異例の経過を辿っている。そこには紳士的といった態度は微塵もない。ともすると小学低学年でも「汚たねぇ」の一言で片づけてしまいそうだ。世界で最も民主的で開かれた社会の一つであるわが国に、このような社会構造が存在すること事態が信じられない。このようなことが二度と起こらないように庶民は一丸となって策を講じるべきではなかろうか。
歴史ある常識?は、それこそ一筋縄では動かないようだ。公共放送機構
であるNHKだってこの常識?を再検討する姿勢はないことが判明した。それはB学会が究極のガイドライン2014の発表に際して、8月28日に厚生労働省内で開いた記者会見に関することである。民間テレビ局の数社が記者会見の模様を放映したのに、NHKは記者会見に出席したにも拘わらず放映しなかった。NHKの放映の取捨選択の基準はどこにあるのだろうか? 今回の記者会見が放映されなかった理由を知りたいものだ。コマーシャルをしないNHKに利益相反の存在があるとは思えない。利益相反のある団体からの圧力はあるかも知れないが……。
2014年9月1日
隠居組