medical ASAHI November 2011 
座談会
脂質異常症治療の明日に向けて
 時代の変遷とともに、動脈硬化性疾患の動向は変化しているため
ともすると、、誤った情報が現場に流れて、現場を惑わせることにもなりかねない。
歴史的背景を踏まえた上で、脂質異常症についての正しい治療の方向性を導くために
本特集の執筆者が語り合った。
  企画協力  北 徹=神戸市立医療センター中央市民病院院長  日本動脈会理事長
企画・構成・取材 塚崎朝子=ジャーナリスト
 司  会  
北 徹 氏 神戸市立医療センター中央市民病院院長 
日本動脈硬化学会理事長
 出席者(50音順)
 上島弘嗣氏 滋賀医科大学生活習慣病予防センター 特任教授
 佐々木 淳 氏 国際医療福祉大学大学院 創薬育薬医療分野 教授 
 横山信治氏 中部大学応用生物学部 食品栄養学科 教授
名古屋市立大学理事 特認教授 
 
佐々木 淳 氏



 横山信治氏



上島弘嗣氏



北 徹 氏

 




   なぜ疫学が大事なのか  
 
   あるポイントでは問題がなくても、
蓄積によってヒトの体はむしばまれていきますから、
疫学は重要ですね。
 
     
 
   コレステロールのレベルがアメリカと同様になって、
日本でなぜ心筋梗塞が増えないのかと疑問が出ますが、
同様になったのは40代だけです。
向こうが下がり、日本が上がっていますが、
50〜70代はまだ相当の開きがあります。
60〜70代のアメリカ人の総コレステロール値は、
今は210mg/dLですが、昔は230ぐらいあり、歴史が違います。
発症率の一番多いハイリスクの高齢者の動向で
全体の発症率が決ります。
40歳代はレベルが一緒でも、まだ発症年齢に達していません。
       
   日本人の寿命が延びたのには、
脳出血の減少が効いています。
歴史はとても大事で、
ピンポイントだけをとらえた対策は困ります。 
 
     
 
   感染症ならば一点でいけますが、慢性疾患はそうではない。
世界的には、
典型的な冠動脈疾患の背景となる動脈硬化は、
富裕国のものです。
 中国は、平均寿命は日本と10年ぐらいしか違いませんが、
昔の日本と一緒で脳卒中が多い。
 
   アジアでも、シンガポールの死因は、
脳卒中ではなく心筋梗塞が多い。
 
 
 
   あそこは、昔は総LDLコレステロール値がアジアで最高で、
アメリカのフラミンガム住民よりも高かった。
アメリカは高い時でも230mg/dLなのに、
一時230mg/dLぐらいでした。
 
 
   喫煙はどうでしょう。  
 
   喫煙率は低いので、やはりコレステロールです。
 
   ガイドライン論争をめぐって  
 
   なぜ日本脂質栄養学会では、
日本動脈硬化学会のガイドラインに異をとなえるのでしょうか。
 
       
   定説に反することを言うと、商業主義のマスコミは飛びつきます。
誰かが、がんを持てば長生きするという主張をしたら、
みんな飛びつくのと同じです。
       
   コレステロールは高いほどよい、とする主張をされた研究者には、
脂肪酸の研究をされてきた人が多いようですが……。
 
       
   そう思います。コレステロール代謝については、
LDL受容体の研究を契機とした分子生物物学的解明がsaxa
格段に進み、
しかも薬剤などによるLDLコレステロール値低下とリスク低減効果などの臨床的エビデンスの蓄積により、
医学上の標準的な治見としてほぼ確立されてきたといえます。
一方、食品中の脂肪酸分子種と動脈硬化発症のリスクの関連は
重要な問題でありながら、
その機序の科学的解明は十分とはいえません。
そのために、
その臨床的重要性についての認識も遅れがちであることは
否定できないかも知れません。
こうしたことが、一部の研究者を
「コレステロール仮説否定」という方向に
向かわせたのかも知れません。しかし、
それを疫学の科学的方法論を無視した議論に依ったことは、
感心できません 。
また、メディアの無責任な報道により、実際に
家族性高コレステロール血症などの
高リスクの患者さんを戸惑わせる結果になった例まであったのは
困ったこです。
       
   万一事故が起こった場合に、
メデイアの重大な責任が問われます
 
         
   2学会が互いに主張しているからと、並記した新聞があったが、
科学記者のすることではない。
自分たちで検証もせず、おかしいしいとも思わない
       
 
   矛盾をどう説明するか  
 
  非専門医に、
エビデンスにのっとった啓発をどう行うべきでしょうか。 
 
         
   ガイドラインは、非専門家が主に使うものなので、
特に配慮しないといけません

 脂質栄養学会の主張で「薬を使いすぎ」というのは、
一部そのとおりという面があります。
       
   「中高年女性は下げすぎ」というのもそうですね。  
       
 
    動脈硬化学会の動脈硬化性疾患予防ガイドラインで
一番誤解しやすい点は、脂質異常症の診断基準です。
本来、発症率が低ければ緩くするはずですが、
LDLが140mg/dL以上というのは世界一厳しい。 
  そこは理念的、哲学的な問題があります。
例えば、日本人のBMIは平均23.5、肥満の定義は25以上です。
アメリカ人は BMIが平均29〜30で、30以上が肥満。
日本は余裕ありと、アメリカと同じ30にしたら、
肥満していくのを容認することになる。
予防の観点に立てば、悪に合わせるべきではない。
従って、厳しめに基準を設定することもあり得ます。 
       
   もう一つ大事なのはガイドラインの医療経済学的問題です。
例えば、LDLの増加に伴いリスクが上昇する時、
境界線はどこにでも引けます。
ある値で引くと、何人が治療対象になり、
何人助けられるかという判断をした上での決定になるはずなのです。
       
 
 
アメリカは、死ぬか死なないか絶対リスクだけです。   
  例えば、LDL-Cを160から140にすると、何人の予防ができ、
そのために医療費がどれだけ増えるかが
シミュレーションできるはずなのです。
これが膨大になるのならそこまでやることもないから、
160でやめましょうという議論をせねばなりません。 
       
    ガイドラインの
エビデンスのレベルはC (言いきれる根拠がない)で、
コンセンサス・レベルです。
 
       
 
    シュミレーションは可能でも、それではエビデンスにならないので、
背景を言わないといけませんね。
それからもっと困ったことは、ガイドラインを決めると、
医療訴訟になった時に一人歩きすることです。
    法律家はあまり医療を知りません。
ガイドラインを盾にされては困る
 
       
     日本の診断基準が低く設定されているのは、
皆保険制度を持っていて
世界一恵まれ ているということです。
膨大な医療費がかかるから、他国にはできません
         
   もし社会的な状況や文化背景を考慮せずに極論すれば
日本は世界一の長寿国だから
何もしないでもいい話になりかねない
その根拠を考えなくてはなりません。
       
   日本動脈硬化学会のガイドラインは、
一次予防についても危険因子の数により三つに分類して
それぞれ管理目標を設定して、
なるべく厳格に下げるよう求めています。
しかし、一次予防は生活習慣の改善に尽きます。
ほとんどの人は食事でいくべきです。
       
    アメリカは結構そういうことをやっています。
80年代初頭に留学した頃、ハムエッグも卵が二つでしたが、
ちょっと待てとなったようです。
 
       
 
  とても大事なことです。
アメリカでコレステロールが下がっている理由は、
大半が生活習慣の改善です。
 
  最近はスタチンがかなり入っていますけどね。
 
    アメリカはリスクが極めて高い人が多く、
10年以内に心血管イベントを起こすリスクが
20%以上と予測された人は薬で治療しますが、
その他は生活習慣の改善を進めています
       
 
   一次予防は生活改善で  
 
   日本で、非専門家は、ガイドラインの目標値を見て
ちょっとでも上であれば、薬をを使う傾向にあります。
極めて冠動脈リスクの高いアメリカと同じに、
数字をクリアしなければという考えですが、まねする必要は全くない。
高血圧、糖尿病などハイリスク者は
一次予防でも薬が必要
ですが、
それ以外は生活習慣を見直して、
1 、2年かけても少しずつ下げでいけばいい。
あと二次予防は薬も使いちゃんとコントロールする必要があります。
       
  生活習慣の改善は、
コレステロールのほうが高血圧よりずっとやりやすい。
日本食は塩が多くて脂肪は少ない。ご飯と魚を食べている限り、
脂肪は抑えやすい

米国立保健研究所(NIH)は、
「金曜日は魚を食べる日、週1回食べよう」と
キャンペーンしていますが、
それぐらい文化が違う。
卵をを多少とっても脂肪が入らなければ、
コレステロールは上がりません 。
使う食材数を比べると、イギリスもアメリカもシンプル、
中国はもっとシンプルで、多様性では日本が断然トップです。
       
  僕は北米に滞在中、一生懸命日本食を食べていたつもりでも
コレステロールが高かったのですが、
帰国するとはっきり下がりました
         
 
 
日本食は大事だともっと主張すべきですね。  
 
  日本の食文化もだんだん単純化・効率化されて、
食材数も減っています。
ファーストフードがその典型で、
甘い物だけ、脂肪の多い物だけと、集約されるのはまずい。
食材や料理の多様性を持っていないと危ない。
 
     コレステロールは血圧と違ってすぐ下げる必要はなく、
食事療法でゆっくり下げていっ てもいい。
  3週間もあれば下がります
生活習慣は一番の大本で、
疾病構造は、その国の文化、生活習慣で大きく変わる。
遺伝子が大きな役割を持っているのではないのです。
       
 
   エビデンスに基づいた啓発を  
 
  プライマリケア医の啓発はなかなか難しいのですが、
そこを説得できなければ国民は助かりません。
       
  今の保険医療は、
生活指導に対する対価かきちんと上がるシステムになっていない。
本格的にすれば、診察と指導に10分や20分はかかります
       
 
   禁煙指導も大事ですね。禁煙は3分教育したら、
30%達成できると、ガイドラインにも書いてあります。
 
  効率がいい。
    生活習慣改善指導には、証拠がないと説得力がない。
知らないうちに詰まった水道管が破裂するという
例え話だけで説得するのは難しい。
 頸動脈の内膜中膜複合体厚(IMT)検査は、
エコーを首に当てれば簡単に分かる ので、
啓発していきたいですね。
 
       
 
  簡単な機器が出れば、これこそ家庭に1台IMTエコーを、ですか?
    開業の先生は、ほとんど IMT検査をしていません。
 糖尿病の人などの冠動脈疾患リスクの高い人は
積極的にとり入れるべきと思います。
       
 
  体温計のように量産できれば安くなるのでしょうね。
 
 
   ガイドラインに絶対リスク明示へ  
 
    生活習慣改善は、個人的な教育だけでは難しい。
もう−つ大事なのは環境整備で、
アメリカは、
国民が自分でライフスタイルをうまくマネヂメントできるよう、
政府がキャンペーンをいつばい仕掛けています。
 例えば、塩分も、日本は表示義務がありませんが、
義務付ければ全然違うし、
同じように脂肪酸やコレステロール量を表示したら違ってきます。
糖分は、日本のお茶文化がかなり防いでいます。
糖類の摂取量は、
アメリカの150gに対し、日本は70〜80gです。
       
 
    アメリカ人には、
緑茶にもミルクと砂糖を人れる人がいますから。
 
     よい生活習慣は、
日本の文化を大切にすることから姶まります。
 
      生活習慣の影響で、
日本人は心筋梗塞死亡率・発症率(絶対リスク)が
世界的に極めて低いのです。
  2012年の次期ガイドライン改定では、絶対リスクが入ってきます。
女性は絶対リスクが極めて低いので、
現在のようにどんとん薬を出すことはなくなるでしょう。
  一方、二次予防例対象の
4S(Scandinavian Simvastatin Survival Study)では、
5年間に20%ぐらいが心血管イベントを起こしています。
 
   だから、欧米では二次予防が非常に重要なテーマです。
 
 
      日本には、ニ次予防の再発率の正確なデータがない。
シンバスタチン服用患者約5万人を6年間追跡したJ-LITの
二次予防集団では5年間で約5%が再発しており、
正確な再発率が解れば、適切な治療ができます。
今はアメリカの二次予防と同じく、
 一次予防の人までが強いスタチンで治療されています。
   新ガイドラインでは、
NIPPON DATA80で得た絶対リスクを明示する予定で、
使い方は検討中です。
       
   絶対リスクでは、日本は断然優位です。
ただ、アメリカと同じ所をハイリスクにし、
何もしないでいいとなれは危険です。
絶対リスクを使っても、
相対的に高い上位5〜10%程度をハイリスクとすれば、
うまく折衷していく

「安易に薬を使わず、生活習慣で」という点は
再度勉強しておきます。
       
  yy日本動脈硬化学会のガイドラインは、
絶対に予防の精神 が要ります。
 
       
   座談会