緊急提言への道のりと今後

日本脂質栄養学会第22回大会
2013年9月6~7日 於:高松市
PDF 糖尿病者にスタチンは禁忌ー緊急提言 pdf
Statins are Contraindication to Diabetics - Urgent Proposal
奥山治美:金城学院大学消費生活科学研究所(名古屋市立大学名誉教授)
浜崎智仁:富山城南温泉第二病院(富山大学名誉教授)
大櫛陽一:大櫛医学情報研究所(東海大学名誉教授)
浜 六郎:NPO法人 医薬ビジランスセンター(薬のチェック)(研究所 所長)
内野 元:医療法人内野会(コレステロール論争http://cholesterol-dispute.com)隠居組代表)
渡邊浩幸:高知県立大学健康栄養学部(教授、日本脂質栄養学会第23回大会 大会長)
橋本道男:島根大学医学部 環境生理学分野(准教授、日本脂質栄養学会理事)
代表者の連絡先
〒458-0812 名古屋市緑区神の倉1-89
電話&Fax 052-876-3840、E-mail:okuyamah@kinjo-u.ac.jp
# 提言者には、糖尿病およびコレステロール低下剤に関わる企業との利益相反について
公表すべきものはない。
キーワード:スタチン、禁忌、糖尿病、プレニル中間体、インスリン受容体
糖尿病者にスタチンは禁忌ー緊急提言
 医療現場では多くの場合、糖尿病者により厳しいコレステロールの管理を求め(リスクのない人はLDL-C値として160mg/dL未満、糖尿病者は120mg/dL未満)、多くの場合、スタチン(コレステロール低下剤)の使用を必須なものとしている。しかし糖尿病者に対しても、スタチンには心疾患予防効果は認められず、スタチン類はむしろ糖尿病を新規発症させることが確かとなった。またその生化学的基盤も明らかにされてきた。すなわち糖尿病者にスタチンは禁忌であり、医師の合理的な判断による特別なケースを除き、その使用を制限するよう提言する。
:日本動脈硬化学会、動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版
:日本脂質栄養学会、長寿のためのコレステロールガイドライン2010年版
:家族性高コレステロール血症で黄色腫があるときのみ、黄色腫の増殖を抑える目的で
使用するケースが議論されている。しかし、LDLの細胞内への取込みに問題があり、それに適応する形で細胞内のコレステロール合成がup-regulationを受けているとき、スタチンでその合成を止めると長期的には細胞障害が促進される可能性も考慮する必要がある。
 【解 説】 目 次
 はじめに
 Ⅰ スタチンは糖尿病を新規発症させる ― ランダム化比較試験より
 Ⅱ スタチンが糖尿病を発症させる生化学的基盤
 Ⅱ-1 コレステロールのレベル、ラフト構造、インスリン受容体のかかわり
 Ⅱ-2 ヘムや補酵素Q(CoQ)のレベル低下に伴う影響 ― スタチンはミトコンドリア毒
 Ⅱ-3 イソペンテニル アデニンの低下に伴う影響
 Ⅱ-4 Rasタンパク、Rhoタンパクのプレニル化の影響
 Ⅱ-5 スタチンのドリコールを介した糖尿病への影響25)
 Ⅱ-6 人におけるスタチンの糖尿病発症作用 ― 生化学的解析
Ⅲ 「ベネフィット(心疾患予防)がリスク(糖尿病発症)を上回る」とする説
   およびそれに対する反証 
 Ⅲ-1 ベネフィットの評価に大きな違い
 Ⅲ-2 オックスフォード大学CTSU(Clinical Trial Service Unit)および
    製薬企業グループによるメタ解析のブラックボックス
 Ⅲ-3 JUPITER研究グループ (ハーバード大・医, Ridker PM ら)の問題点
 Ⅲ-4 日本におけるスタチンのベネフィットに関わる資料の問題点
 Ⅲ-5 リスクーベネフィット論に対する提言者(われわれ)の立場
Ⅳ  糖尿病者にスタチンは禁忌、血糖降下剤にも危険な側面
おわりに
参 考 文 献
挿入図および表
図1 プレニル中間体の多様な作用 ― 糖尿病との関連
図2 スタチンによるミトコンドリア機能の障害
図3 電子伝達系とそれに共役したATP合成(酸化的リン酸化)
図4 スタチンがプレニル中間体そしてSe含有タンパクを減らして
   インスリン抵抗性を上げる機構 
図5 人の骨格筋に対するシンバスタチンの効果
図6 スタチンの心疾患予防効果 ― 臨床試験に関する
   新規制が発効した2004年以前と以降の報告の比較
図7 日本動脈硬化学会のガイドライン2010年が
   ほとんど唯一の根拠として使っているNIPPON DATA 80の問題点
図8 スタチン服用者と非服用者における糖尿病の新規発症率の比較
図9 糖尿病者に対する血糖降下剤の効果ー標準療法と集中(強力)療法の比較
表1 高コレステロール値群と低コレステロール値群の心疾患死亡率の比(相対危険度)     ― 大規模追跡調査の結果
 
 【解 説】
はじめに
 糖尿病(Ⅱ型)の主な合併症として心血管疾患がある。そこで糖尿病は心疾患のリスク因子とされ、「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」では、糖尿病者に対しLDL-C値のより厳しい管理を勧めている1)。すなわち糖尿病などのリスクをもたない人に対する管理目標値に対し糖尿病者では40mg/dL低く設定している(120mg/dL未満)。このレベルは一般に食事療法や運動などでは容易に到達しがたく、多くの場合にスタチンなどのコレステロール低下剤の使用を必須なものとしている。ところがスタチンは血糖値や糖化ヘモグロビン(HbA1c)値を上げ、糖尿病を新規発症させることが明らかになってきた(Ⅰ章で詳述)。そこで欧米ではスタチンの添付文書に“血糖値やHbA1c値を上げる”との記載が義務づけられることとなった(2012年)2,3)。米国FDAはさらに、「まれではあるが認知障害がおこる」としている3)。しかしながら、これら欧米の医薬品担当部局は、「リスク(糖尿病新規発症の増加)よりベネフィット(心疾患予防効果)が上まわる」とする多くの専門家の意見を受け入れており(Ⅲ章)、糖尿病者に対するスタチン処方の大幅な変更を求めたものではなかった。
 われわれはすでに「長寿のためのコレステロールガイドライン2010年」において、「糖尿病者に対しても、スタチンはLDL-C値を下げるが、心疾患を予防する効果はなかった」とする研究をまとめている4)。今回、その後のデータを含めて糖尿病とスタチンの関係を解析した。その結果、この「リスク-ベネフィット説」を受け入れることはできず、「糖尿病者にはとくに、スタチンは禁忌である」という結論に達した。以下にその根拠の概略を説明する。
  
Ⅰ スタチンは糖尿病を新規発症させる ― ランダム化比較試験より
  2008年に発表されたJUPITER研究で、ロスバスタチンが糖尿病発症を促進したと報告されたが、心疾患(虚血性)の主要エンドポイントを4割ほど低下させたとしている5)。この結果に他の研究を加えてメタ解析した結果も報告されている6,7)。しかしJUPITER研究そのものに致命的な欠陥があり8)、われわれは、この論文における心疾患(虚血性)減少効果については、信頼できるものとは解釈していない(根拠はⅢ-3で詳述)。
  Waters DDら(2011年)は三つのRCT試験を解析し(TNT, IDEAL, SPARCLE)、高用量のアトルバスタチン群でプラセボー群に対し糖尿病発症のハザード比が1.37(p=0.011)であったと報告しているが(SPARCLE)9)、心疾患に対するベネフィットはSattarらの論文の引用にとどまっている(Ⅲ-2で詳述)10)
  Zaharanら(2012年)は120万人をこえるアイルランド人を対象とした一次予防試験で、スタチン使用者の糖尿病発症率が高いことを示した 11)。用量依存的にまた投与期間依存的に発症率が上がり、ハザード比は1.15~1.41であった。
  これらの研究およびⅢ章に示す数報のメタ解析ではすべて、「スタチンが糖尿病の指標を上げ(すなわち糖尿病を悪化させ)、発症率を上げる」という結論では一致しており、欧米ではスタチンの添付文書に警告文が載ることとなったと思われる。
  
Ⅱ スタチンが糖尿病を発症させる生化学的基盤
  スタチンによるコレステロール生合成の阻害が細胞機能にあたえる影響は二つの面から考えられる。一つはコレステロールのレベル低下に伴う影響で、細胞の形質膜、核膜、ミトコンドリア外膜などのコレステロール含量の低下に伴い、膜流動性変化や形質膜ラフト構造の変化が予測できる。それに伴い、感染症の増加12)、マクロファージ機能低下などに伴う発癌促進13)、認知機能障害などがひきおこされる。
, シグナル伝達、細菌やウイルスの感染、細胞接着あるいは細胞内小胞輸送、さらに細胞内極性などに重要な役割を有する形質膜の機能ドメインでコレステロール、スフィンゴ脂質に富む。
  もう一つはプレニル(イソプレニル)中間体のレベル低下に伴う影響で、糖尿病発症とのかかわりも明らかにされつつある(図1)。ただし、両者の影響を区別できない場合も多いと考えられる。  
  

図1 プレニル中間体の多様な作用 ― 糖尿病との関連スタチンはコレステロールレベルを低下させること、およびプレニル(イソプレニル)中間体のレベルを下げることによって、細胞機能に多面的な障害を与えることがわかってきた(詳細は本文)。トリパラノールは数10年前もてはやされたが、虚偽のデータが発覚し、副作用も強く、取り下げられた。
CoQ, 補酵素Q ; IGF,インスリン様成長因子 ; GSH、グルタチオン ; NO, 一酸化窒素
  

Ⅱ-1 コレステロールのレベル、ラフト構造、インスリン受容体のかかわり
 受容体や各種チャネルは、形質膜上の脂質ラフト(筏)に存在する。脂質ラフトには他の形質膜部分に比較してコレステロールが豊富に含まれており、ラフトの適度の流動性と安定性を保っている14,15)
 インスリン受容体は190kDaのタンパクとして作られるが、切断されてα鎖とβ鎖がS-S結合したもので、N-グリコシド結合、O-グリコシド結合でオリゴ糖を結合している。膜表面のラフト構造部分に局在しており、グルコースを結合すると細胞内部に取りこまれプロセシングを受ける。インスリンが受容体に結合するとそれに対応して細胞の膜表面に移動する。スタチンによる形質膜のコレステロールの低下は膜流動性の変化を介してインスリン受容体の働きに影響を及ぼすと考えられるが、その影響を定量的に評価した論文は見つからなかった。インスリン受容体がプレニル中間体を介して影響を受ける機構は後述する(Ⅱ-3-5参照)。
  
Ⅱ-2 ヘムや補酵素Q(CoQ)のレベル低下に伴う影響 ― スタチンはミトコンドリア毒
 プレニル中間体から作られるヘムは電子伝達系のシトクロムc類の構成成分であり、そのレベル低下は電子伝達系と酸化的リン酸化に障害をもたらすこととなる(図2)。
 食べ物に含まれる糖や脂肪酸は、体内で燃やされて(酸化されて)、そのエネルギーがATP合成に使われる。体内での酸化はこれらの栄養素から水素(H)を引き抜くことであり、このHはミトコンドリアの中でプロトン(H+)と電子(e-)に分かれ、プロトンは内膜と外膜の間(膜間腔)にくみ出される(図3)。その結果、ミトコンドリア内膜の外側は内側よりプロトン濃度が高くなる。この濃度差が力となり、プロトンがATP合成酵素を通ってマトリックス側に戻るとき、分子モーターを回転してATPが作られる(酸化的リン酸化)。電子(e-)は複合体ⅠあるいはⅡからCoQ、複合体Ⅲ、シトクロムcを通り、複合体Ⅳから酸素にわたされる。このとき、ATP合成酵素を通って戻ってきたプロトンと反応して水ができる。
 ミトコンドリアが障害を受けると電子が漏れ出し、活性酸素(スーパーオキシドアニオン、O2-)が発生する。これを消去する酵素系がスーパーオキシド ジスムターゼ、カタラーゼ、グルタチオン(GSH)ペルオキシダーゼなどであり、スタチンはGSHペルオキシダーゼの合成を阻害して過酸化傷害を促進する(後述、Ⅱ-6)。

図2 スタチンによるミトコンドリア機能の障害
スタチンはミトコンドリアの電子伝達系およびそれと共役したATP (アデノシン三リン酸)合成を阻害する(詳細は本文)。ATPは高エネルギー化合物として生命活動に必須の役割を果たしている。また、糖尿病時のケトン体の合成にも関わっている。一方、細胞の形質膜、ミトコンドリア外膜、核膜などにコレステロールが含まれている。コレステロール合成の阻害はこれらの膜の機能を障害すると考えられる。

 複合体Ⅳのシトクロムに含まれるヘムやCoQがプレニル中間体から作られる。したがって、CoQやヘムのレベルが低下するとミトコンドリア機能が低下し、生命活動に必須のATPの供給が障害を受けることになる。この意味でスタチンはミトコンドリア毒であり、ミトコンドリアに依存しない成熟赤血球を除くほとんどすべての細胞にとって細胞毒となる。実際、臨床的にもスタチン服用者のCoQレベルの低下が認められている。そしてこれが心筋線維化を促進し、心不全を増やし、総死亡を上げると解釈できる16)。スタチンの害作用としてよく知られている横紋筋融解や、明瞭なエビデンスのある中枢・末梢の神経障害も、ミトコンドリア機能障害と、次項で説明するドリコールの欠乏によってひきおこされると理解されている17,18)
 糖尿病になると糖がエネルギー源として使われにくくなり、代わりに脂肪酸が燃やされてケトン体(アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸など)となる(肝臓)。これらは遊離脂肪酸に比べて細胞毒性が少なく、血中をとおって脳、心臓、筋肉などへ運ばれてエネルギー源となる。すなわち糖尿病者では、ケトン体はこれら末梢組織の重要なエネルギー源として使われる。このケトン体はミトコンドリアで合成されるが(図2)、スタチンが血中ケトン体レベルを下げることは臨床的にも示されている19)。これはミトコンドリア機能が損傷を受けた結果であると考えられ、糖尿病者の病態を悪化させることは容易に予測できる。
  

図3 電子伝達系とそれに共役したATP合成(酸化的リン酸化)
電子が複合体ⅠあるいはⅡからⅢ、Ⅳへ運ばれると同時に、プロトン(H+)はミトコンドリアの内膜と外膜の間にくみ出される。このプロトン勾配が力となり、ATP合成酵素をプロトンが通って元に返るとき、ATPが作られる(酸化的リン酸化)。CoQや複合体Ⅳに含まれるヘムが、プレニル中間体を介して作られる。このようにスタチンは、ミトコンドリアの複数の過程を阻害する。

Ⅱ-3 イソペンテニル アデニンの低下に伴う影響
  プレニル中間体を必須とする反応にイソペンテニルアデニン合成がある。これは21番目のアミノ酸、セレノシステインを運ぶtRNASCの微量塩基であり、終止コドンに対応してセレノシステインをタンパク質に組み込む。数種のセレン(Se)含有タンパクがあるが、グルタチオン(GSH)ペルオキシダーゼ群がよく知られている。この酵素群は過酸化脂質の分解など、過酸化物による傷害を防ぐ役割を果たしている。
  他に肝臓から分泌されるセレノタンパクPがあり、インスリン抵抗性とかかわっているとされている。各種のセレノタンパクの機能には不詳の面も多いが、必須微量元素であるセレン(Se)と糖尿病のかかわりが明らかにされてきた(図4)。
  インスリンがその受容体に結合すると、膜表面にグルコース トランスポーター(GLUT4)が増え、グルコースの細胞内への取り込みが増える。この情報伝達にセレン(セレノタンパク)が必須であり、セレン欠乏症ではインスリン抵抗性が上がる。スタチンはイソペンテニルアデニンを減らし、インスリン受容体-GLUT4の up-regulation を障害し、インスリン抵抗性を上げると理解できる(後述Ⅱ-6参照)。
  微量元素セレンはセレノタンパク合成に必須であるが、必須量と過剰量の幅が小さい。これに対応して、糖尿病とのかかわりもU字型を示すようである 20)
 スタチンはセレノタンパクの合成を抑え、セレン欠乏症と類似の作用を示す。中国で風土病とされていた克山(ケシャン)病がセレン欠乏症であることが明らかとなったが、その主症状に“うっ血性心筋症”がある。すなわちケシャン病の主要な症状は、心臓を弱らせる心筋壊死を引き起こすことである。スタチンはヘムやCoQレベルを低下させ、ATP産生を阻害して横紋筋の融解をひきおこすが(Ⅱ-2)、心筋も横紋筋である。そしてセレノタンパクの合成を阻害することによっても、心筋壊死をひきおこすと理解できる。 
  

図4 スタチンがプレニル中間体そしてSe含有タンパクを減らしてインスリン抵抗性を上げる機構Se含有タンパクが生合成される時、プレニル中間体から作られるイソペンテニルアデニンがtRNAの微量元素として必須である。インスリン受容体がインスリンの作用を受けて膜表面に増える過程に、Se含有タンパクが必要である。したがって、スタチン投与時にもSe欠乏時にもともに、インスリン抵抗性が上がる。

Ⅱ-4 Rasタンパク、Rhoタンパクのプレニル化の影響
  RasやRhoタンパクは発癌遺伝子産物といわれ、プレニル化で活性化される。Rasタンパクは転写や細胞増殖、細胞の運動性の獲得のほか、細胞死の抑制など多くの現象に関わっており、Rhoタンパクは細胞骨格の制御に関わっているとされている。スタチンがプレニル中間体レベルを下げるとRhoタンパク (small GTPase)が阻害され、インスリン分泌が阻害される 21)。一方Rhoタンパクの阻害でその下流のPI3K/タンパクキナーゼBシグナルが活性化され、内皮細胞のNO(一酸化窒素)産生酵素(eNOS)が活性化される。NOは血管拡張的に働くので、スタチンのこの作用は非致死性冠動脈疾患の予防に有効であると考えられている22)
 一方、スタチンは単球由来の樹状細胞(抗原提示細胞)でインターフェロン受容体(IFN-αβ)を介するシグナルを抑制し、誘導性NO合成酵素(iNOS)やヘム オキシゲナーゼ(HO-1)を低下させる。その結果、樹状細胞でのNO産生が低下し、活性酸素にたいする防御能が低下し、殺菌能力が低下することになる。これが免疫不全につながると考えられている23)。他にスタチンによるNK活性やマクロファージ機能の低下が認められており、これらはスタチンの発癌性 24)と深く関わっている。しかし、糖尿病の新規発症とNOとのかかわりは明確ではない(次項参照)。
  
Ⅱ-5 スタチンのドリコールを介した糖尿病への影響 25)
  ドリコールはイソプレンが重合したもので、リン酸化されたものが糖の運搬体として働き、糖タンパク質や糖脂質の合成に重要な役割を果たしている(図1)。
  インスリンはその受容体に結合するとグルコース トランスポーターが膜表面に増え、グルコースの細胞内への取り込みが増える。そして膜表面のインスリン受容体の数は栄養状態により増減する。細胞内には受容体の前駆体(pro-receptor)があり、これに糖鎖が結合したあと開裂し、活性型の受容体となって膜表面に移動する。受容体のグルタミン側鎖にオリゴ糖の結合していないものは膜表面へ移動できない26)。スタチンはドリコールを減らし、受容体への糖鎖結合を抑えて膜表面のインスリン受容体を減らすと理解できる。
  脂肪細胞の前駆体細胞(3T3-L1)は、インスリンやインスリンと構造の似ているインスリン様成長因子(IGF)の作用を受けて増殖する(イン ビトロ)。スタチンはドリコール合成を阻害し、インスリン受容体の糖鎖結合を抑えてその増殖を抑制するが、IGF受容体の場合は、Rasタンパクのプレニル化(Ⅱ-4)と受容体への糖鎖結合の両方を抑えて、増殖を阻害する。
  以上のように、スタチンのプレニル中間体を介した糖尿病への影響は、動物実験の結果25)も含めてかなり明らかとなってきた。これが臨床的に観察されているインスリン抵抗性の上昇 26.27)や新規糖尿病の発症の増加と符合する(次項、Ⅱ-6)。
  
Ⅱ-6 人におけるスタチンの糖尿病発症作用 ― 生化学的解析
  糖尿病者(29名)を4ヶ月ゼムフィブロシルかシンバスタチンで治療すると(RCT、クロスオーバー試験)、シンバスタチン群で耐糖能試験でのインスリンレベルの上昇とインスリン感受性の低下が認められた27)。また、高脂血症で空腹時血糖値の高い人72名を対象とした試験でも、ロスバスタチンが用量依存的にインスリン抵抗性を上げた28)
  最近、コレステロール値が高くシンバスタチンを平均5年使用している10人(平均45歳)とそれにマッチした対照者9人について、筋肉(広筋外側)の剖検サンプルを使った生化学的評価が行われた。また耐糖能、ミトコンドリア機能などが評価された29)図5)。その結果、シンバスタチン投与群は耐糖能が低く、CoQ含量が少なく、酸化的リン酸化の能力が低かった。また、カタラーゼ、Mn-SOD(スーパーオキシド ジスムターゼ)、GSHペルオキシダーゼなどの抗酸化酵素のレベルが低下しており、スタチン使用者では活性酸素(ROS)レベルが上がるという報告と符合している30)。また、動物実験を含めて明らかにされたスタチン作用のメカニズム(Ⅱ-1~-4)とも、よく合っている。
  肥満者に運動トレーニングを課すと体脂肪の減少、最大酸素摂取量の増加、筋肉ミトコンドリアの増加が認められるが、スタチンはこのような適応変化を阻害する31)
  人の筋肉に対するスタチンの作用を生化学的に評価したこれらの論文の結果は極めて重要であり、スタチンがミトコンドリア毒としてATP産生を障害するほか、過酸化傷害を促進し、インスリン抵抗性を上げることが明確となった29-31)。スタチンの心疾患予防を目指した臨床試験は数年以内に終えるのが一般的であったが、より長期に観察すれば発癌性のほか多くの重篤な副作用が明らかになる可能性が高いことを示している。
  他にスタチンがケトン体産生を抑制するほかに、低濃度で人の各種の炭酸脱水素酵素を阻害することが見いだされ、ミトコンドリア機能、脂質合成、発癌性とのかかわりが示唆されている 32)
  

図5 人の骨格筋に対するシンバスタチンの効果 30)
高コレステロール血症でシンバスタチンを平均5年使用している10人および年齢、体重、BMI、
体脂肪比率、肺活量などをマッチさせた対照者9人を比較したもの(デンマーク)。
スタチンによる血圧上昇、糖尿病指標(HbA1c値、インスリンレベル、血糖値)の悪化、ミトコンドリア
成分量や酸化的リン酸化能(ATP合成能)、酵素活性の大きな低下などが明確に示されている。
UCP,熱産生に関わるとされる脱共役タンパク(uncoupling protein)。 *, p≦0.05

Ⅲ 「ベネフィット(心疾患予防)がリスク(糖尿病発症)を上回る」とする説
  およびそれに対する反証
Ⅲ-1 ベネフィットの評価に大きな違い
 二十世紀における薬の治験は製薬企業が主経費を負担し、データの収集・解析を行うのが一般的であり、場合によっては企業の担当者が論文を書き著名研究者の名前を冠して発表するという場合さえあったとされる。その結果、臨床試験報告に多くの虚偽(不実記載、隠蔽など)が見つかり、超一流の医学誌の上で「企業中心の臨床試験の多くは信頼できない」ということが公に議論されるようになった。そのため、臨床試験に対する罰則付きの新規制がEUで制定され、2004年に発効した33-35)
 スタチンがLDL-Cを低下させ心疾患予防に有効であったとする論文の多くは1990年代に発表され、3割前後の心疾患イベントの抑制があるとされた(図6、左図)。ところがスタチンの有効性を示すこれら多くの報告にもかかわらず、臨床の場からはスタチンの有効性に疑問がだされていた。そして2004年以降に製薬企業と利益相反関係のない(あるいはないと思われる)研究者により行われた臨床試験では、一つの例外(JUPITER)を除いて(後述)すべて、“LDL-Cが低下したにもかかわらず有意な心疾患予防効果は認められなかった”と報告された(図6、右図)36)

図6 スタチンの心疾患予防効果 ― 臨床試験に関する新規制が発効した2004年以前と以降の報告の比較矢の先は介入後の値、尾部は対照群の値を示す。左図は、「低ければ低いほどよい」とする根拠として、医療分野で広く使われている。2004年新規制発効後に行われた臨床試験(右図)では、JUPITER研究を除いて、有意な心疾患予防効果は示されなかった。JUPITER研究を信頼できないとする根拠は、本文記載。

  例えばアトルバスタチンの場合、EU新規制以前では一次予防(ASCOT)でも二次予防(TNT)でも、顕著な心疾患予防効果があったと報告されたが、新規制以降に報告された試験(ASPEN、4D)では有意な予防効果が認められなかった。コレステロールエステル輸送タンパク(CETP)阻害剤との併用でも心疾患予防効果は認められず、逆に総死亡率が上がって第三相で試験を中断している(ILLUMINATE)。同様にシンバスタチンは心疾患を有意に抑えたという報告が2004年以前になされたが(4S、HPS)、2004年以降ではコレステロール吸収阻害剤(エゼチミブ)との併用で、有意な心疾患予防効果は認められなかった(ENHANCE、SEAS)。シンバスタチンについては、わが国でも大規模な臨床試験が行われた(日本脂質介入試験、J-LIT、2002年)37)。ところがL-LITは、シンバスタチン単独の追跡調査であり、この時代の臨床試験では常識とされていたプラセボーを用いたRCT(無作為割付対照試験)でも、あるいはMEGA-studyのような薬剤不使用対照群との比較試験でもなかった。そして、対照群に相当する研究結果がJ-LIT地域対照追跡調査として別の論文として発表された 38)。これらの対象者はコレステロール値が220~299 mg/dLの集団であり、J-LITでは家族性高コレステロール血症の人が2.5%含まれていた(一般集団の12倍)。長寿のためのコレステロールガイドライン 4) でも指摘されたように、コレステロール値が220 mg/dLより下がるにつれて、癌、心疾患、脳血管疾患および総死亡の死亡率が上がっている。総コレステロール値とトリアシルグリセロール(TAG)値からLDL-C値を計算したLDL-C値と死亡率の関係も報告されたが、結果は似ていた。「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」では、このJ-LIT研究の結果をあたかも“低ければ低いほどよい説”を支持する結果であるかのごとく引用されているが、誤っている。
  これらの臨床試験を通じていえることは、2004年以前とそれ以後のスタチンに関する臨床試験報告は異質であり、また企業の影響の強いものとそうでないものの報告は異質であり、同列には扱えない、ということである。われわれの「長寿のためのガイドライン2010年」4)も本緊急提言も、2004年以降の、企業との利益相反関係のないグループによる研究結果に基づいて作られており、それ以前に示された臨床試験報告は信頼できるものとして採用していない。ここに、リスク―ベネフィット説の評価に大きな差が生じる主因がある。
  
Ⅲ-2 オックスフォード大学CTSU(Clinical Trial Service Unit)および
    製薬企業グループによるメタ解析のブラックボックス
 オックスフォード大学のCTSUは製薬企業の寄付金により運営されている研究部門であり 33)、これまでにコレステロールと心疾患に関する多くの大規模なメタ解析の結果を報告してきた。そして「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」は、“コレステロール値と心疾患の間に正の相関があることには疑問の余地がない”としてCTSUの論文を引用し、それに合わない多くの論文を無視している。これに対し「長寿のためのコレステロールガイドライン2010年」では、正の相関を示さない、あるいは負の相関を示す論文にも光を当て、解析している。
 表1に、規模(対象者数x追跡年数)の大きい追跡調査結果による「コレステロールの心疾患に対する相対危険度」をまとめた。加齢とともに相対危険度が小さくなるという結論は4研究に共通している。しかし、相対危険度の値に大きな差がある。日本動脈硬化学会は相対危険度の差を無視しているが 1)、われわれは対象集団中の家族性高コレステロール血症の割合に注目し、この割合が高い集団ほど相対危険度が上がると解釈をしている4)。すなわちフラミンガム研究およびオーストリア研究は一般集団の追跡調査の結果であり家族性高コレステロール血症の割合は0.2%ほどであると推測され、相対危険度は小さい。オーストリア女性では、コレステロール値と心疾患の間に負の相関が示されている。
 これに対し、はじめにコレステロール値の高い人(上位15%以内)、高血圧、喫煙などのリスクをもつ人を集めたMRFIT研究の集団では、家族性高コレステロール血症の割合が高くなっていると推測され、相対危険度は大きくなっている。この遺伝因子をもつ人は比較的短命であり、加齢に伴ってその割合が減るので相対危険度が下がると理解できる(関連する他の例は、文献 4)に記載)。
 さて問題のCTSUから発表されたPSC研究は、61報の研究結果を集めてメタ解析したものとされ、規模は最大である39) (表1)。ところが一般集団の結果であるとしているものの相対危険度が桁違いに大きい。40歳代の相対危険度が14.7(論文の図より算出した値)ということは、61報のうちかなりの数の報文がこれ以上の値を示していると予測できる。しかしそのような論文は容易に見つからない。この61報のすべてが論文として発表されているわけではなく、メタ解析の過程はブラックボックスであり検証が容易ではない。この論文にもとづいて“コレステロール値と心疾患死亡率の正の相関には疑問の余地はない”とする「動脈硬化性疾患予防ガイドライン、2012年版」の関係者は、61報のうち1報でもよい、“40歳代の一般集団の相対危険度が14.7をこえる原著論文”を示していただきたい。われわれはこのPSC研究を信頼できるものとして取り上げない。
 このように、大規模なメタ解析の結果とはいえ、その結果を鵜呑みにできないことを念頭におき、“スタチンのベネフィット(心疾患予防効果)がリスク(糖尿病発症)を上回る”とする根拠とその問題点を以下に指摘する。
 スタチンのベネフィット(心血管疾患予防)がリスク(糖尿病発症)を上回るとするメタ解析の結果は多く発表されている。われわれは文献10を含む5報を吟味したが、大きなベネフィットを示す論文はすべて2004年EU新規制以前のもの、およびそれらを含むメタ解析の結果に基づいていた(図6)。われわれはこれらを、信頼できる資料として採択しないこととした。
  
Ⅲ-3  JUPITER研究グループ (ハーバード大・医, Ridker PM ら)の問題点
  EU新法発効以降、企業と直接の利益相反関係のないグループにより行われたスタチンの臨床試験ではJUPITER研究を除いてすべて、LDL-C値は下げたが心疾患予防には有意な効果が認められなかった(前述、図6)。JUPITER研究ではLDL-C値が120mg/dL以下で心疾患歴はなく、hsCRP(高感度CRP:炎症の指標) の値が2.0mg/L以上の17,802人に、ロスバスタチンを1.9年間投与したものである。結果は、「新規糖尿病発症が25%増加したが、心疾患エンドポイントは44%減少したとする結論であった5)。この有効性(ベネフィット)が極めて高い値であるため、この論文を含むメタ解析では、スタチンの有意な心疾患予防効果が示されやすくなっている 6,7)。そして、米国FDAはこの研究に基づいて、ロスバスタチンを心疾患の一次予防に使うことを認可した。
  

表1 高コレステロール値群と低コレステロール値群の心疾患死亡率の比(相対危険度)
   ― 大規模追跡調査の結果
規模(対照者数x追跡年数)の大きい4研究をリストアップした。オックスフォードPSC研究は信頼できないとする根拠は本文で記載。加齢とともにコレステロールの心疾患に対する相対危険度が小さくなる。その理由としてわれわれは、加齢とともに家族性高コレステロール血症の割合が減るためであるとしている。日本動脈硬化学会は加齢に伴う相対危険度の減少を無視し、逆に高コレステロール値の危険性を強調している。

【提言者(われわれ)の指摘するこの論文の問題点】
 de Lorgeril 8)やわれわれはこの論文を精査し、次のような問題点を指摘した。
➀最も客観的な指標(心血管関連死亡率)に有意な差がない時点で、予定を
短縮して1.9年の結果が発表された。どの指標を根拠として中断したかについては明確でない。試験期間の短縮はバイアスを生むことが多い(⑤と関連)。
②“非致死的心筋梗塞と脳卒中イベントは有意に抑制しているが、心筋梗塞と
脳卒中の死亡率には有意な効果がみとめられていない”、という矛盾がある。有意差を認めたエンドポイントには、再狭窄とか入院というような客観性に乏しい指標が含まれている。
③心血管死亡率が5~18%であり、欧米における予測値(40%前後)に比べて極
めて低い。
④心筋梗塞の「死亡数―症例数」の比が欧米で予測されている値(50%前後)
に比べて極めて低すぎる。
⑤スタチン群と対照群の累積総死亡率のカーブが1.9年近くで交わる様相を示し
ているが、続く論文ではより短縮した図が示され、交わりそうな様相が消されている 36)
⑥ロスバスタチンは2004年以降のCORONA、GISSI-HF、AURORAの3研究では
心疾患予防効果がないことが示されており、この論文の「一次予防で40%の心疾患予防効果が認められた」とする結論は信じ難い。
➆見かけ上、企業とのかかわりは少ないように見えるが、研究チームにCTSUの
メンバーが加わっている。また、hsCRPの特許保有者が加わってい る33)
 以上のように、JUPITER研究は信頼性が極めて低く、これを含むメタ解析およびこのグループによるリスク-ベネフィット説 41,42) を、この提言の基礎として採択することはできない。
  
Ⅲ-4 日本におけるスタチンのベネフィットに関わる資料の問題点
  日本動脈硬化学会の「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」は、いわゆる各種の危険因子が動脈硬化性疾患の絶対リスクに及ぼす影響を半定量的に示している。このデータはほとんどすべてNIPPON DATA 80に基づいている(図7)43)
血糖値は200mg/dLを境にして対象者を糖尿病群と非糖尿病群に分け、非喫煙者と喫煙者の2群に分け、コレステロール値に基づき6群に分け、収縮期血圧により5群に分け、年代により4群に分け、これらを心疾患発症の確率に応じて6グループに色分けしたものである。しかしこの追跡期間における虚血性心疾患の死亡数は男性で67例である。コホート中に糖尿病患者は男性で1.61%しかおらず、われわれの計算によると高血糖値群の虚血性心疾患の死亡数は5例であった。これらの数はあまりにも少なすぎて、480マス、6カラー分類(一番安全な分類のうす空色と一番危険な赤とに危険率で20倍以上の差がある)に対応する確率を計算することはできない(エビデンスとして採択できない)。
 日本脂質介入試験(J-LIT)は 37)、わが国で行われた最初の大規模介入試験であったが、RCTではなかったため、スタチンのベネフィットを論じることはできない。この研究の問題点については、前述した(Ⅲ-1)。
 日本脂質介入試験(J-LIT)は 37)、わが国で行われた最初の大規模介入試験であったが、RCTではなかったため、スタチンのベネフィットを論じることはできない。この研究の問題点については、前述した(Ⅲ-1)。
  MEGA研究は44)、食事指導群を対照群としそれにスタチン治療を加えた群の大規模な追跡調査がなされた。その結果、冠動脈心疾患を起こさなかった率が対照群の98%からスタチン群の97%に減り、その差(1%)は統計的に有意であったと報告された。この研究では、対照群に対し心疾患を増やす食事指導を行っており 45,46)、結果の解釈を困難にしている 4)。さらに、死亡者はスタチン群でやや少なかった(有意ではない)が、生存者はスタチン群の方が対照群よりも少なかった。スタチン群の脱落者が対照群よりも有意に多く、スタチン群の脱落者数は死亡者数の12倍も多かったためである47)
  以上、日本で行われた二つの大規模な介入試験(J-LIT、MEGA)はともに、明確なベネフィットを示したものとは評価できない48)。逆に総死亡率を上げたと解釈できる数値が示されていることに留意すべきである。そして日本動脈硬化学会のガイドラインの基礎となっているNIPPON DATA80からは、非科学的な結論が導かれている。
  

図7 日本動脈硬化学会のガイドライン2010年がほとんど唯一の根拠として使っている
   NIPPON DATA 80の問題点
各種リスク因子に対して、10年間でCHDにより死亡する確率を計算したもの(男性)。青枠で囲んだ
部分が、ガイドラインに使われている。原報から計算すると、高血糖者(右半分、240枠)でCHDにより死亡したのは5例である(総枠は480ある)。他の問題点については、本文参照。

Ⅲ-5 リスクーベネフィット論に対する提言者(われわれ)の立場
 2012年に、スタチンと糖尿病に関する米国看護師を対象とする大規模な追跡調査結果が発表された(図849)
 スタチン服用者の方が非服用者に比べ、新規糖尿病発症率が有意に高かった(ハザード比は1.5に近い)。この研究は規模が極めて大きいこと、このグループはこの種の研究と解析に実績があること、利益相反の問題が無いと思われることなどから結果の信頼性は極めて高い。
 以上から、糖尿病者に対するスタチンの心疾患予防効果(ベネフィット)について、われわれは次のように理解している。

図8 スタチン服用者と非服用者における糖尿病の新規発症率の比較 49)
看護師(閉経後、50-79歳、153,840名)を7年以上追跡し、10,242名の糖尿病の新規発症を
観察した。スタチンを服用していない群を対照とすると、服用している群のハザード比は有意に
高かった。心疾患歴の有無は関係なかった。BMI, body mass index。

  製薬企業の支援で行われた臨床試験報告の多くに虚偽(不実記載、データ隠蔽、不正操作など)があり、臨床医はもはや医学論文に頼ることができないことが公に議論されるようになった50,51)。われわれも同意見であり、EU新規制(2004年)以降に企業と利益相反関係がないグループにより行われた臨床研究の報告(図6)に基づいてこの提言を出している。この点、両者を全く区別せず、両者を合わせてメタ解析した結果を重視する日本動脈硬化学会とは完全に立場が異なっており、それが二つのガイドライン 1, 4)に重要な差をもたらす原因となっている。われわれ自身も糖尿病者に対するコレステロール低下剤の効果についての解析を行ったが、スタチンやフィブラートには心血管疾患の合併症、死亡率を下げる効果(ベネフィット)は認められなかった 8)
  

図9 糖尿病者に対する血糖降下剤の効果ー標準療法と集中(強力)療法の比較52)
Ⅱ型糖尿病で心疾患のリスクをもつ人(40-79歳、10,251名)をランダムに2群に分け、HbA1cを8.1%から6%に(intensive therapy)、あるいは7.0~7.9%(standard therapy)に下げる治療を行った。
強力療法で死亡率が有意に上がったので、平均3.5年で中止した。 mass index。zzz

Ⅳ 糖尿病者にスタチンは禁忌、血糖降下剤にも危険な側面
 閉経後の看護師を対象とした大規模な追跡調査で、スタチン投与群の新規糖尿病の発症率が有意に高くハザード比は1.5近くであった(図7)。そして、スタチンが糖尿病を発症させる生化学的な基盤も明らかにされてきた(Ⅱ章)。これらの結果および糖尿病者の心疾患予防にスタチンは有効でなかったこと(Ⅲ章)を合わせると、「スタチンは糖尿病者に禁忌である」という結論になる。
  高血糖の持続は糖化タンパクを増やし、糖化最終産物(AGEs)の蓄積が心血管疾患などの合併症を引き起こすとされている。この理解に基づくと、糖化タンパク(HbA1c)レベルを低く保つことで合併症が予防できることとなる。Hertzelらは糖尿病者をランダムに二群に分け、HbA1cを指標として各種薬物での強力(集中)療法あるいは標準療法をおこなった 52)。強力療法を行ったグループの方が、総死亡率および心血管死亡率が有意に高かった(図9)。このことは、血糖値管理のみでは糖尿病は予防できないこと、現在の血糖低下剤は総死亡率を上げる危険があることを示している。
  ちなみに動物実験では、リノール酸(ω6)の摂取量が糖尿病発症の危険因子であり53)、魚油(ω3系)が防御因子であることが明らかにされている 54)。動脈硬化性疾患および糖尿病の予防に摂取油脂のω6群を減らしω3群を増やすことが勧められる 4)。また、糖尿病予防では糖質制限療法が広がっており55)、その有効性が議論されている56)。すなわち、コレステロール以外に視点を向けた医療が重要性を増している。
  
おわりに
 薬剤の副作用のなかで発癌性と催奇性、神経障害は、進行がほとんど不可逆であるという点で特別である。どのように良い作用が見つかっていても、動物実験で発癌性、催奇性あるいは神経障害が見つかった段階で創薬活動が停止されるのは創薬分野の常識であった。ところがコレステロール低下剤はそうではなかった。調べられたスタチンはすべて、動物実験で臨床量と大差のない用量で各種組織の発癌をひきおこした24)。神経障害はヒト用量の30倍で確実に中枢神経傷害を生じ10倍がかろうじて安全量であった17)。多数に用いられた場合に十分に人で起こりうることが予想できた。実際、臨床的にもスタチンの発癌作用、神経障害が認められており、その生化学的基盤も明らかにされつつある 4,13)。 
 一方、スタチンが臨床応用された初期に、胎児の奇形、流産、早産などが高頻度でおこることがわかり、妊娠可能な女性には処方しないこととなった。この催奇性はヘッジホッグ(ハリネズミ)情報伝達系とかかわる可能性が高い。この情報伝達タンパクは開裂してコレステロールを共有結合し、活性型となる57)。この過程を阻害するユリ科植物成分は家畜に単眼症をひきおこす。重要なことは、このシグナル伝達系が胎児に限らず、また性にかかわらず成熟動物でも働いていることである。培養細胞レベルではあるが、スタチンによるコレステロール合成阻害がこのシグナル情報伝達系を障害することが示されており 58)、臨床的に催奇性が認められている事実を重視する必要がある。なによりも、エビデンスの確かなスタチンの発癌性、神経障害性、催奇性がほとんどの患者に知らされないまま慢性的に投与されている現状は、医療法で求められている「良質な医療」とはほど遠い。
  戦後の自由主義経済体制の下で、グローバルな製薬企業が育ってきた。これらは医療関係の学会を作り、支援し、あるいは研究者を援助してきた。そして、医学誌や医療関係団体(WHOや各国の医療関係部局)に大きな影響を及ぼしうる力をつけてきた。現在、薬剤の巨額の広告費はメディア界を支配しうる力となっている。医療のモラルが守られている限り、グローバル製薬企業のこのような活動は医療の発展に大きく貢献することとなる。
  ところが企業の利益最優先の思想が医療モラルを踏みにじり、薬剤を買わせるための情報支配が前世期後半に始まり、そのことが今世紀初頭にかけて露わになってきた。臨床試験における罰則付きの新規制がEUで発効したのは、繰り返し強調するが2004年であった。その前後におけるコレステロール低下剤にたいする臨床評価の大きな変化は(図6)、決して無視できるものではない。
  コレステロール低下医療の従事者は、企業と関係の深い研究者による論文や、いわゆる権威のある機関から発信される情報のみを鵜呑みにするのではなく、これに異を唱えるグループの提示するエビデンス 18,36,59,60)を十分に吟味することが求められている。われわれはこの提言が、良質な医療を行う上で参考になることを願っている。
 
  
参 考 文 献
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